線香花火は、なぜ美しいのか?──歴史と日本人の美意識|YUYU 日语播客 第17期|2026年10月23日

N3,N2 YUYU 日语播客 480 句 中日对照

はい、皆さん、こんにちは。

大家好。

YUYUの日本語ポッドキャストのお時間です。

欢迎收听YUYU的日语播客。

皆さん、元気にしていますでしょうか?

大家最近过得好吗?

今日のエピソードでは、どうして線香花火が美しいのか、

今天这一期,我想和大家聊聊为什么线香花火如此美丽,

線香花火の歴史とその哲学についてお話ししていきたいと思います。はい。

以及线香花火的历史和其中蕴含的哲学。

あの、線香花火って聞いて、「あ、ピンときた」「あ、

说到线香花火,我想听到这个名字就觉得“啊,我知道是什么”

なんだかわかります」っていう人、結構少ないと思うんですね。

或者“啊,我明白你说的是什么”的人,应该并不多。

あの、スタッフのリョウタ君にここに写真を貼ってもらおうと思っているんですけども、えー、

我打算请工作人员凉太在这里放一张照片。

線香花火っていうのは、細いカラフルな紙の糸みたいなものの先に火をつけて、

所谓线香花火,就是点燃一根细长、彩色、像纸线一样的东西的一端,

その先に赤い火の玉ができまして、

点燃后,顶端会形成一个红色的火球,

その火の玉からね、オレンジだったりとか赤い線の光がパーッとこう出てきてね、

然后从火球中向四周迸发出橙色或红色的线状火光,

美しいな、っていう、ま、

看起来非常美丽。

そういった花火で、ま、日本人の中でも、結構特別な、

这就是线香花火。它在日本人心中也是一种相当特别的、

名前のちゃんとついている花火の一つなんですね。

拥有专门名称的烟花。

で、この花火、僕自身もすごく好きな花火で、

我自己也非常喜欢这种烟花,

この魅力をぜひ皆さんに知ってもらいたい。

所以特别希望大家能够了解它的魅力。

で、今回の歴史と哲学の部分が分かると、

如果了解了这次要讲的历史和哲学,

もっと深くこの線香花火を味わうことができますし、はい。

大家就能更加深入地体会线香花火的美。

日本にいる方は、ぜひ今年の夏、ね、友達と花火をやって、

如果大家身在日本,希望今年夏天能和朋友一起玩烟花,

最後に線香花火をやってもらった時に、

在最后燃放线香花火的时候,

僕のこのエピソードを思い出してもらいたいなと思いますし、あの、ぜひぜひね、

能够想起我这一期节目。

アニメとかでもこの線香花火のシーンが出てくるんですけども、

动画中也经常出现燃放线香花火的场景,

今回のポッドキャストを聞くと、

听完这期播客之后,

「あ、だから線香花火のシーンがあるんだ」っていうのが、

我想大家就会明白:“啊,原来这就是动画中出现线香花火场景的原因。”

ちゃんと分かるようになると思います。はい。

应该就能真正理解其中的含义了。

というところでね、今回は、ま、

那么,这一期,

その線香花火についてお話ししていきたいと思うんですけども、

我们就来聊聊线香花火。

この線香花火は、えーと、手持ち花火に分類される花火です。

线香花火属于手持烟花的一种。

日本には大きく分けて2つの花火がありまして、1つは打ち上げ花火。

日本的烟花大致分为两类,一类是升空烟花。

ね、花火大会とかで、ヒュルルルって空に上がってパーンと、

就是在烟花大会上,伴随着“咻——”的声音升上天空,然后“砰”的一声绽放,

ね、花のように咲く花火ですね。

像花朵一样盛开的烟花。

でもう1つは、友達とか家族とかと家でやる、

另一类则是和朋友、家人在家里燃放的烟花,

もしくは、その海とか川とかで友達とやる花火。

或者和朋友一起在海边、河边燃放的烟花。

手で持って、そこに火をつけてシューッと出る花火ですね。

就是拿在手里,点燃后会“咻——”地喷出火花的那种烟花。

これ割と世界でも見られる花火なのかな?

我想这种烟花在世界各地也比较常见吧?

どうなのか分からないですけども、手持ち花火っていうのがあります。

具体情况我不太清楚,总之有一种叫作手持烟花的烟花。

で、その中の1つが線香花火です。

而线香花火就是其中之一。

で、日本は夏になると、この手持ち花火をいろいろなところで買うことができます。

在日本,一到夏天,很多地方都能买到这种手持烟花。

ま、例えばスーパーだったりとか、えー、ディスカウントストア、

比如超市、折扣商店,

ドン・キホーテみたいなところだったりとか、

像唐吉诃德这样的店铺,

あと海とか川の近くのコンビニとかでも買うことができます。

以及海边或河边附近的便利店,都可以买到。

で、いろいろな値段があるんですけども、

价格有很多种,

基本的には何本入っているかによって値段が変わります。

基本上取决于包装里有多少支烟花。

で、だいたい日本人が友達と花火やろうってなったら、ファミリーセットっていう、

一般来说,日本人如果约朋友一起玩烟花,通常会购买一种叫作“家庭套装”的产品,

だいたい100本から150本くらい入っている花火を買うんですけども、

里面大约有100到150支烟花,

そのセットがだいたい1000円から2000円程度。

一套的价格大约在1000至2000日元。

で、その中にね、オレンジ色の光が出たりとか、ね、こう、

套装里有会发出橙色光芒的烟花,

線香花火みたいな光が出る花火があったりとか、

也有像线香花火一样绽放火光的烟花,

すごい強い光が出る花火があったりとか、

还有会发出非常强烈光芒的烟花,

いろいろあるんですが、そのいろいろある花火の中、ファミリーセットの中に、

种类非常丰富。而在这些烟花组成的家庭套装中,

こんな小さいビニール袋みたいなものに、線香花火が入っています。

线香花火通常装在这样一个小塑料袋里。

で、日本人は基本的にいろいろな花火をやって、

日本人通常会先燃放各种各样的烟花,

花火の遊びの最後に線香花火をやることが多いんですけども、これちょっと僕、

最后再玩线香花火。不过,有件事我之前也不知道,

知らなかったインフォメーションなんですが、どうも西日本、

据说日本西部

大阪の方と、東日本、東京の方では、線香花火の形がどうも違うそうです。

以大阪为代表的地区,和东部以东京为代表的地区,线香花火的形状似乎有所不同。

ま、僕は大阪の方で花火を買ったことがないので、

我从来没有在大阪一带买过烟花,

実際どういった形なのか分からないんですけども、

所以不清楚那里的线香花火具体是什么样子。

基本的には東日本は紙の糸の先に火をつけるタイプの線香花火があります。

一般来说,日本东部的线香花火,是点燃细长纸线末端的类型。

これを「長手牡丹(ながてぼたん)」と言います。

这种线香花火叫作“长手牡丹”。

牡丹っていうのは、ここに写真を載せたいと思うんですけども、花の名前ですね。

“牡丹”是一种花的名字,我想在这里放一张照片。

これ実は後で結構大事になってくる言葉なんですけども、

其实这个词在后面会变得相当重要,

てか花なんですけども、そう、長手牡丹っていうタイプの線香花火。

更准确地说,是这种花很重要。总之,这种线香花火叫作“长手牡丹”。

で、どうも西日本は「スボ手牡丹(すぼてぼたん)」という、えーと、

而日本西部似乎有一种叫作“穗手牡丹”的线香花火,

藁(わら)とか竹の細い棒の先に火薬がくっついていて、

它是在稻草秆或细竹棒的末端附着火药,

火をつけると線香花火になるというタイプ。

点燃后就会呈现出线香花火的效果。

これが昔の形です。

这就是线香花火早期的形态。

で、基本的には、線香花火っていうのは、昔からスタイルが変わっていない。

基本上,线香花火的样式从很久以前就没有改变过。

いつから変わってないかと言いますと、

要说从什么时候开始没有改变,

江戸時代から変わってないと言われているんですが、どっちが原型、

据说从江户时代起就一直如此。至于哪一种更接近原型,

オリジナルに近いかと言うと、西日本の細い棒の先に火薬がくっついているタイプ、

也就是最初的样式,据说是日本西部那种在细棒末端附着火药的类型。

この昔のスタイルが西日本だそうです。

也就是说,日本西部保留着线香花火的传统样式。

ま、僕は買ったことがないので分からないんですが、

不过,我自己没有买过,所以不太清楚。

西日本に住んでいる人はぜひ教えてもらいたいなと思いますけども。

如果有住在日本西部的朋友,希望你们能告诉我。

で、この線香花火なんですが、どうして線香花火なのかな?

说到线香花火,我一直很好奇,为什么它叫作“线香花火”呢?

って、ずーっと気になってたんですよ。

这个问题一直让我很在意。

ね、皆さん、「線香」っていう言葉、聞いたことありますかね?はい。

大家听说过“线香”这个词吗?

日本ではね、仏壇、ね、亡くなった人をね、毎日、

在日本,有一种叫作佛坛的东西,是人们每天

亡くなった人に対してお祈りをする、なんか小さいお家みたいなものありますよね。

为逝去的亲人祈祷时使用的,看起来像一座小房子。

あれを仏壇って言います。

这就叫作“佛坛”。

で、仏壇には必ず火をつけてね、

在佛坛前,人们通常会点燃

煙の出る細い棒みたいな線香を立てて、お祈りをするんですけども、

一种细棒状、会冒烟的线香,将它插好,然后祈祷。

僕は、線香の形に似ているから線香花火というのかなと思っていたのですが、

我原本以为,因为这种烟花的形状很像线香,所以才叫线香花火,

どうも違うらしくて、はい。

但似乎并不是这样。

あの、この線香花火が生まれた、さっき言ったね、あの江戸時代、

线香花火诞生于刚才提到的江户时代,

今からだいたい300年くらい、350年くらい前かな?

大约是距今300年到350年前吧。

線香花火が生まれたんですが、当時は、

当时,线香花火刚刚出现,

その西日本みたいな細い棒の先に火薬がついていて、で、

它的形状和现在日本西部的类型一样,是在细棒末端附着火药。

それを、ね、線香を立てる小さな壺みたいなものがあるんですけど、

人们会把它插进一种用来插线香的小壶状容器里,

これを香炉(こうろ)って言います。

这种容器叫作“香炉”。

この香炉に線香花火を立てて、火をつけて、それを楽しんだそうです。

据说当时的人们会把线香花火插在香炉里,点燃后欣赏。

なので、線香と同じように立てて火をつけるということで、

因为它和线香一样,是竖着插起来再点燃的,

線香花火というふうに、そういった名前がついたそうなんですよ。

所以就被命名为“线香花火”。

これ、知りませんでした。

这一点我以前还真不知道。

なんだろうね、もちろん、香炉に線香花火を差して火をつけるっていうのは、

不过话说回来,把线香花火插在香炉里点燃,

ちょっと罰当たり、ね、昔はガスコンロなんてないですから、こう、

总觉得有点不敬神佛。以前没有燃气灶,

大きな壺に炭を入れて物を焼いたりとかしたわけですけども、

人们会在大容器里放入木炭,用来烤制东西。

そういった火鉢に線香花火をさして遊んでいたから線香花火って言うそうです。

据说当时的人们也会把线香花火插在这种火盆里玩,所以才有了“线香花火”这个名字。

で、これから、花火の歴史と、

接下来,我想介绍一下烟花的历史,

どうして線香花火が生まれたのかという話をしていきたいと思うんですけども、

以及线香花火究竟是如何诞生的。

まずはじめに、この花火を語る上で外せないのが、1543年の出来事です。

首先,谈到烟花,就不能不提1543年发生的一件事。

何があったかと言うと、日本の南に種子島という島があるんですが、

当时,日本南部有一座叫作种子岛的岛屿,

この島にポルトガルの船がつきます。

一艘葡萄牙船只抵达了这座岛。

漂流するって言うんですけど、漂着します。

准确地说,这艘船是漂流后漂着到岛上的。

漂流、漂流はこう、海をこう、どこに行けばいいか分からないっていうのが漂流。

所谓“漂流”,就是在海上漫无目的地漂泊,不知道该往哪里去。

で、どこかに漂流した状態でどこかに着くことを漂着って言うんですけども、

而“漂着”,就是船只在漂流过程中抵达某个地方。

種子島に漂着するんですね。

这艘船就这样漂到了种子岛。

で、この船に乗っていたものが、鉄砲です。

船上带来了一种东西,那就是火枪。

ピストル。はい。

也就是枪械。

そこで、日本人は、「あ、

于是,日本人第一次意识到:

ピストルっていう武器があるんだ」「火薬っていうものがあるんだ」っていうことで、あの、日本のね、

“原来还有火枪这种武器”“原来还有火药这种东西”。

戦い自体が大きく変わるっていう大きな出来事があったんですけども、ま、

这是一件彻底改变日本战争方式的重大事件。

そういった中でね、その戦国時代、日本のあちこちで戦いが行われていた時代、

在当时的战国时代,也就是日本各地战乱不断的时期,

鉄砲がよく使われていたんですけども、それから時代が少し進みまして、

火枪得到了广泛使用。后来,随着时代的发展,

江戸時代、徳川幕府、徳川将軍が日本を完全に統治して、

日本进入江户时代,德川幕府建立,德川将军逐渐实现了对日本的全面统治,

戦争のない平和な時代が1600年から始まるんですけども、

从17世纪初开始,日本迎来了没有大规模战争的和平时代。

そうなると、今まで戦争のために使っていた火薬、これどうすんの?

这样一来,过去用于战争的火药该怎么办呢?

っていうところで、花火っていうアートに使おうっていう動きが生まれてくるんですね。

于是,人们开始尝试把火药用于烟花这种艺术形式。

江戸時代が始まったのが1603年です。

江户时代始于1603年。

で、花火が生まれ始めてくるのが1660年以降です。

而烟花开始兴起,大约是在1660年以后。

江戸時代が始まりました。

江户时代开始后,

60年くらい経ちました。

过了大约60年,

その後、いろいろなところで花火を楽しむようになったそうです。

人们开始在各地欣赏和燃放烟花。

なので、戦いに使われていた火薬を、

也就是说,原本用于战争的火药,

みんなが楽しむために使うっていう、なんかちょっと面白いですよね。はい。

后来被用来给大家带来欢乐,这一点还挺有意思的。

で、そういった形で花火が生まれるんですけども、そこからですね、1733年には、

烟花就这样发展起来。到了1733年,出现了一项名为“两国川开”的活动。

両国川開きということで、東京の両国というところがあるんですけど、

东京有一个叫作两国的地方,

有名なもので言うと相撲ですね。

说到这里最有名的事物,就是相扑。

相撲をやる国技館というところがあるんですが、その両国の川の川開き。

两国有一座举办相扑比赛的国技馆,而“川开”就是在两国附近的河流举办的活动。

これ、川開きは何かって言いますと、江戸時代、昔ですね、電気もない時代です。

什么是“川开”呢?在江户时代,也就是还没有电的年代,

もちろん、夏は暑い。

夏天当然也很炎热。

そうなった時に、川の近くで夏、涼しさを楽しもうよ、

因此,人们会在夏季到河边纳凉,

みたいなイベントがあったんです。

并举办类似节庆的活动。

それを、川開きといいます。

这种活动就叫作“川开”。

川が開くと、そこにいろいろな屋台ができたりとか、いろんなイベントがあったり、

川开期间,河边会出现各种摊位,还会举办各种活动,

川で船に乗って楽しんだりとか、夜の時間を楽しむ時間、

人们可以乘船游河,享受夜晚的时光,

楽しむスペースというのができたんですけども、

河边也因此成为休闲娱乐的场所。

そのイベントの開会式で、大きな花火をパーンと打ち上げるっていうのが、

据说在这项活动的开幕仪式上,人们会“砰”的一声向天空发射大型烟花,

実際にね、こう、文献で、本で、本というか、まあ、情報として残っています。はい。

这件事确实有文献和历史资料记载。

これが今もね、続いている、えーと、隅田川の花火大会。

这就是延续至今的隅田川烟花大会的起源。

これも東京で一番大きな花火大会で、今でも続いているんですが、

隅田川烟花大会也是东京规模最大的烟花大会,至今仍在举办,

その原型となっているものだそうです。

据说它的雏形正是当年的两国川开活动。

ここらへんの詳しい話はね、

关于这段历史的详细内容,

スポーティファイの花火のポッドキャストで話していますので、

我已经在Spotify上的烟花主题播客中介绍过,

ぜひ聞いてもらえたら嬉しいなと思うんですけども、はい。

如果大家有兴趣,希望能去听一听。

ここからは、YouTube用に新しい情報を紹介したいと思うんですが、

接下来,我想介绍一些专门为YouTube节目准备的新内容。

実際に江戸時代、花火という言葉が生まれたらしいんですけども、

据说“花火”这个词是在江户时代出现的,

花火が文献だったりとか、絵で残っているものが、一番古いものがあるので、

而关于烟花,现存最早的文献和绘画记录,

これをちょっと紹介したいと思うんですけども、まず、絵ですね。

我想在这里向大家介绍一下。首先来看绘画。

江戸時代といえば浮世絵。

说到江户时代,就不能不提浮世绘。

皆さん見たことあると思うんですが、この浮世絵で、1748年、

我想大家应该都见过浮世绘。这里有一幅1748年的浮世绘,

西川祐信さんという人が作った、描いた浮世絵の中に、

在一位名叫西川祐信的人创作的浮世绘中,

花火を楽しんでいる女性の絵が載っている。

有一幅描绘女性欣赏烟花的画作。

これが、花火を楽しんでいるという、初めて絵として残されたものだそうですよ。

据说,这是最早以绘画形式留存下来的赏烟花场景。

1756年には、俳句として、

到了1756年,在俳句方面,

線香花火という言葉が使われた俳句集に載っていたそうです。

据说,当时的一部俳句集中已经出现了使用“线香花火”一词的俳句。

その俳句を紹介したいんですが、うつつなの、

我想给大家介绍一下这首俳句,开头是“恍惚之间”,

線香花火、昼ながら、っていう俳句だそうです。

“线香花火,虽是白昼”。据说就是这样一首俳句。

うつつなのっていうのは、なんかちょっとよくわかんない、うつつっていうのは、

这里的“恍惚之间”是什么意思呢?其实不太好理解。所谓“恍惚”,

寝てるか起きてるかわからない状態っていうのをうつつっていうんですけど、

指的是一种分不清自己是在睡觉还是清醒着的状态。

線香花火、昼ながらっていうことで、なんかちょっとこう、ね、酔っ払ってたのかな?

而“线香花火,虽是白昼”,是不是说当时有点喝醉了呢?

よくわからなかったのかな?

还是说当时神志有些不清呢?

なんかぼーっとしてたのかな?

或者只是有点发呆呢?

わかんないですけども、昼なのに線香花火やっちゃったっていう、

我也不太清楚,总之就是大白天竟然玩起了线香花火。

そういった俳句の中に線香花火っていう言葉がちゃんと載っていたっていうことでね、はい。

重要的是,在这样一首俳句中,确实已经出现了“线香花火”这个词。

江戸時代に、遊ぶための花火や見るための花火がすごく進化していきます。

到了江户时代,供人玩耍和观赏的烟花都得到了很大发展。

明治時代に入ると、今度、ヨーロッパの技術をどんどん日本に輸入していこう、

进入明治时代后,日本开始积极引进欧洲的技术,

どんどん学んでいこうという動きが進みまして、

不断学习欧洲先进技术的潮流逐渐兴起,

化学技術というのがどんどん進歩していきまして、

化学技术也随之不断进步,

そういった中で、花火の色も変わっていきます。

在这一过程中,烟花的颜色也发生了变化。

江戸時代の花火は基本的にオレンジや赤のもの。

江户时代的烟花基本上只有橙色和红色。

硫黄と炭で花火が爆発するので、基本的にはその2色しかなかったらしいんですけども、

因为当时的烟花主要依靠硫黄和木炭燃烧爆炸,所以据说基本上只有这两种颜色。

そこからオレンジだったりとか白だったりとか化学技術を使った色鮮やかな花火というのが明治時代に出てきます。

此后,随着化学技术的发展,明治时代出现了橙色、白色等色彩鲜艳的烟花。

もちろん戦争時代になったら火薬っていうのはまた必要になってくるので、

当然,到了战争时期,火药又成了战争所需的重要物资,

花火っていうのはなかなか見られないものになってしまったんですけども、

因此,烟花也逐渐变得难以见到了。

戦争が終わって1970年頃、この頃にね、

战争结束后,到了1970年前后,

さっき話した隅田川の花火大会というのがまた復活するらしいんですけども、

据说之前提到的隅田川烟花大会也在这一时期重新举办,

皆さんの生活に花火が戻ってきたと、

烟花重新回到了人们的生活中。

そこで大きな変化があったらしいんですが、

不过,这时又发生了一个重大变化,

それが国産の花火っていうのが、だんだんなくなってきたそうです。

那就是日本国产烟花逐渐减少。

そう、日本で作る花火がなくなってきた。

没错,在日本制造的烟花越来越少了。

なぜかというと、あの中国で作る花火中国というのは、火薬もありますし、

为什么呢?因为中国也生产烟花,而且中国拥有火药,

技術もありますし、大きな工場もあるということで、

具备相关技术,还有大型工厂,

基本的に日本で遊ばれる花火というのは、

因此,日本人平时燃放的烟花,

中国産の花火になってしまって、一時期、1990年から2000年にかけて、

基本上都变成了中国制造的烟花。尤其是在1990年至2000年间,

日本国内で作る線香花火というのが、ほとんどなくなってしまったそうです。

据说日本国内生产的线香花火几乎完全消失了。

2000年を越えて、それだと良くないよねっていうことで、

进入2000年以后,人们开始意识到,这样下去不行,

いろいろな花火職人さんが、

于是,许多烟花工匠开始行动起来,

皆さんが遊ぶものというよりかは、工芸品、ある種のアートとして、

他们不再仅仅把线香花火当作供人玩耍的东西,而是将其视为工艺品,甚至是一种艺术,

日本の線香花火を復活させようという動きが出てきて、

由此兴起了复兴日本国产线香花火的运动。

今では遊ぶためのスーパーで買える花火と、

如今,除了能在超市买到供人玩耍的普通烟花,

いいお値段のする線香花火というのも買えるそうです。

还可以买到价格不菲的高档线香花火。

今回のポッドキャストを聞いて、ちょっと線香花火いいやつ、

如果大家听了这期播客之后,觉得想试试品质更好的线香花火,

ちょっとやってみようかなって思う方は、

想亲自体验一下的话,

ぜひぜひ日本産の線香花火をやってもらえたら嬉しいなと思いますけども。

我非常希望大家能尝试日本国产的线香花火。

そういった時代を経て、今の私たちの生活、夏の風物詩として、

经历了这些时代变迁,线香花火作为夏季的一道风景,

線香花火というものが今でも残っているんですが、さっき言ったかどうか、

至今仍然留存在我们的生活中。不知道刚才有没有提到,

ちょっと忘れちゃったんですが、線香花火というのは、

我有点忘了,其实线香花火

昔の形から今遊ばれている形っていうのが、大きく変わっていない。

从过去到现在,供人燃放的形态并没有发生太大变化。

そして、今でも日本人の中で、すごく夏の大切な花火として、

而且直到今天,它依然是日本人心目中非常重要的夏季烟花,

皆さん、みんなが知っている線香花火。

是一种几乎人人都知道的烟花。

どうして、こんだけ線香花火が定着したかというと、まずはじめに、

那么,为什么线香花火能够如此深入人心呢?首先,

江戸時代に夜と花火の掛け合わせが、その庶民、

在江户时代,夜晚与烟花相结合的娱乐方式,

私たち一般の人たちの中に広がっていきます。

逐渐在普通百姓之间流行起来。

さっきも言ったんですけども、江戸時代、電気もなければ、クーラーももちろんない。

前面也说过,江户时代既没有电,当然也没有空调。

そんな時期に、そんな時代に、夏になったら、

在那样的时代,每到夏天,

みんなで川の近くに集まって、水辺で涼しい中で楽しいことをしたりとか、

大家就会聚集在河边,在凉爽的水边享受各种娱乐活动,

美味しい屋台ご飯を食べたりとか、そういった中で、花火を見たりとか、

品尝小吃摊上的美食,同时欣赏烟花,

実際に花火をやるっていう風に、習慣が広がっていく。

或者亲自燃放烟花,这样的习惯逐渐普及开来。

家庭で遊ぶ花火というのも、この時期に生まれたということで、

家庭娱乐用的烟花也是在这一时期出现的,

私たちの生活にすごく身近なものになっていったんですね。

因此,烟花逐渐成为人们日常生活中非常熟悉的事物。

というのも、打ち上げ花火というのは、

这是因为大型升空烟花,

スポーティファイの方のポッドキャストでは言ったんですが、非常に高い。

我在Spotify上的播客中也提到过,价格非常昂贵。

普通の人が打ち上げ花火を作ってもらって、家の上にポーンと上げて、

普通人不可能专门请人制作大型升空烟花,然后在自家屋顶上空发射,

すごいなっていうふうにはできないんですよね。

以此来欣赏壮观的烟花表演。

ということで、普通の安いものでも花火が広がっていったというのが一つあるそうです。

因此,价格低廉的普通烟花也逐渐普及,这是其中一个原因。

どうして庶民に広がっていったかと言いますと、

那么,烟花为什么能在普通百姓之间普及呢?

夏の行商というのが非常に大きな役割を果たしたそうなんですね。

据说,夏季走街串巷的商贩发挥了非常重要的作用。

それこそ、こういった川開きのイベントで、皆さん一日働いて、夜暑い、

比如,在这样的开河活动期间,大家工作了一整天,到了晚上依然炎热,

まだ眠れないから川の近くに行って、

因为热得睡不着,就会来到河边,

そのイベントを楽しもうって言ったら、もちろん人が集まると。

想要参加活动、享受乐趣。这样一来,自然就会聚集很多人。

人が集まったところには、もちろん商売、ビジネスが生まれるわけですよね。

而只要有人聚集的地方,当然就会出现商机。

そういった中で、花火を売ったりとか、あと風鈴を売る。

于是,就有人开始售卖烟花,还有风铃。

風鈴っていうのはね、

所谓风铃,

ガラスでできたこういったベルなんですけども、見たことあると思う。

就是一种用玻璃制成的小铃铛,大家应该都见过。

風鈴だったりとか、あとは金魚、赤いね、金色というか赤い、あの綺麗な魚。

除了风铃,还有金鱼,就是那种红色的、非常漂亮的小鱼。

ああいうものを売って、それを皆さん買ったわけですけども、

商贩们出售这些东西,大家也会购买。

そんな中で、川開きイベントに行って、花火を買って、次の日、

于是,人们参加开河活动时买了烟花,第二天,

家の前でやったりとかするっていうことで、

就会在自家门前燃放。

特別なものではなくなっていくというので、私たちの生活に定着していった。

就这样,烟花逐渐不再是特殊的东西,而是融入了人们的日常生活。

現代、私たちの今のこの2020年代もちろん、2000年代から私たちは、

到了现代,也就是如今的2020年代,当然,从2000年代开始,

普通にインターネットもあれば電気もある、そういった中でまだ花火で遊ぶ。

我们就已经有了互联网和电力,但人们依然会燃放烟花。

花火が進歩していく中、どうしても線香花火っていうのは残っていく。

随着烟花技术不断进步,线香花火却始终保留了下来。

あれ、なぜかと言いますと、花火自体がとても静かだっていうのと、

这是为什么呢?首先,因为这种烟花本身非常安静,

ドラマとかアニメとかでみんながやっているっていうイメージがあるのと、うん。

而且在电视剧和动画中,经常能看到大家一起燃放线香花火的场景。

すごく静かな花火だっていうことで、みんな必ず、その花火の締めとして、

正因为它是一种非常安静的烟花,人们通常会在燃放烟花的最后,

終わりとして、この線香花火をやっていくっていうのが習慣になった。

用线香花火来收尾,这逐渐成为一种习惯。

で、それだけではなく、この線香花火が持つ魅力、

不仅如此,线香花火本身所具有的魅力,

哲学っていうものが、日本人の美的感覚にすごくマッチしているので、

以及其中蕴含的哲学思想,都与日本人的审美观念非常契合,

その形を変えなくても、今でも日本人に愛されるっていうのが、

因此,即使不改变原有形态,它至今依然深受日本人的喜爱。

この線香花火なんですね。

这就是线香花火的独特之处。

ここから、線香花火の美的感覚、哲学の話を始めていきたいと思います。

接下来,我想谈谈线香花火所体现的审美观念和哲学思想。

基本的には、この2つのコンセプトがあるので、線香花火は私たちの目に美しく映る。

基本上,正是因为包含以下两个理念,线香花火在我们眼中才显得如此美丽。

一つは、もののあはれという哲学です。

第一个是“物哀”这一美学理念。

二つ目は、人生の儚さというところです。

第二个是人生的无常与短暂。

この、もののあわれっていうのは、簡単に何、

那么,所谓“物哀”,简单来说,

何かと言いますと、えー、かな、寂しい美しいです。

究竟是什么意思呢?就是一种带着寂寥感的美。

美しいって思うんだけど、美しさの中に寂しさを感じる。

明明觉得某种事物很美,却又在这种美丽之中感受到一丝寂寞。

これを、もののあわれって言います。

这就叫作“物哀”。

もののあわれはですね、平安時代、今からだいたい1200年、1300年前からある、

“物哀”是一种可以追溯到平安时代,也就是距今约1200至1300年前的

その、まあ、美的感覚なんですけども、例えばですね、こう、桜を見ると。

审美观念。比如说,当我们欣赏樱花时,

ね、桜を見て、わあ、きれいだなあと思いながらも、あ、

看着樱花,心里想着“哇,真漂亮啊”,但同时又会想到,

でもこれ一週間もしたらなくなっちゃうなあとか、今散っちゃってるなあって、

“可是再过一个星期,这些花就会凋谢了”“现在已经开始飘落了”。

なんか寂しいけど、なんか美しいけど、イエーイ、美しい、

心里会感到有些寂寞,却又觉得很美。这并不是那种“太棒了!真漂亮!

すごいっていう感覚よりも、なんか、はあー、みたいな感じ?うん。

好厉害!”的兴奋感,而更像是一种轻轻叹息的感觉。

これをもののあわれって言います。

这就是所谓的“物哀”。

もう線香花火なんかそうだよね。

线香花火正是如此。

すごく豪華じゃない。

它并不十分华丽。

すごく小さいもの、ね。

而是非常小巧。

そして、線香花火、花火っていうのは、いつか終わってしまうもの。

而且,线香花火和其他烟花一样,终究会燃尽。

そこに、美しいなって思いながらも、なんかこう、

当我们觉得它很美的时候,内心又会不由自主地

言葉にならない寂しさっていうのが、心の中にこう、湧き出てくる。うん。

涌现出一种难以言喻的寂寞。

まあ、そういったところでね、このもののあわれっていうのを感じられるので、

正因为线香花火能让人感受到这种“物哀”之美,

それが一番感じやすい、色だったり、形だったり、

而它的颜色、形状、

大きさだったり、音なので、線香花火っていうのは、

大小和声音,又恰好最容易让人产生这种感受,

この魅力が300年経った今でも、ずっと原型、オリジナルの形で続いていると。

所以即使经过了300年,它依然保留着最初的形态和魅力。

で、もう一つは、線香花火っていうのは、人生そのものだからこそ、

另一个原因是,线香花火就像人生本身一样,

私たちは無意識的にこう、惹かれてしまう、興味を持ってしまうわけなんですね。

因此,我们会在无意识中被它吸引,对它产生兴趣。

で、これですね、調べて、なるほどな、すごいな、面白いなって思ったことがあるので、

关于这一点,我查阅资料时发现了一件让我恍然大悟、觉得非常有意思的事情,

皆さんに紹介したいと思うんですけども、

想在这里介绍给大家。

線香花火っていうのは、つけてからストーリーがあるんですよ。

线香花火从点燃的那一刻起,其实就有一个完整的故事。

物語がある。はい。

可以说,它有自己的故事。

基本的に、線香花火っていうのは、

一般来说,线香花火

火をつけてからどういう風に形が変わっていくのかっていうルールがあって、

从点燃开始,火花的形态会按照一定的规律发生变化,

そのステップそれぞれに花だったりとか植物の名前がついているんですね。はい。

而且每个阶段都有一个以花卉或植物命名的名称。

まず、火をつけたら、つぼみっていう状態になります。

首先,点燃之后,会进入“花蕾”阶段。

つぼみっていうのは、花が開く前のこの状態ですね。うん。

花蕾就是花朵尚未开放时的状态。

そう、火をつけると、じゅくじゅくじゅくじゅくってこう、

没错,点燃之后,火药会发出滋滋的声音,

火の玉が大きくなって、だんだんだんだん大きくなってくるんですね。そう。

火球逐渐形成,并且一点一点地变大。

で、つぼみもそうですよね。

花蕾也是一样的,对吧?

花が開く前に、つぼみがぷくぷくぷくぷくって大きくなって、パッと花が咲くと。はい。

花朵开放之前,花蕾会慢慢膨大,然后一下子绽放。

このつぼみの状態の後に、どうなるかと言いますと、

那么,经过花蕾阶段之后,会发生什么呢?

さっき言ったぼたんという状態になります。

就会进入刚才提到的“牡丹”阶段。

ぼたんというのは、すごく美しい赤い花なんですが、

牡丹是一种非常美丽的红色花朵,

どういった状態かというと、この大きくなった赤い火の玉から、チュッ、

而所谓“牡丹”阶段,就是从逐渐变大的红色火球中,

チュッ、チュッっていう音を立てて、その線の光がピュッ、

伴随着轻微的噼啪声,开始一道一道地

ピュッ、ピュッ、ピュッとはい、ゆっくり出始めるんですね。はい。

缓缓迸发出细长的光芒。

で、このぼたんの状態が終わると、今度、松ですね。

当“牡丹”阶段结束后,接下来就是“松”。

松葉っていう状態になります。

也就是“松叶”阶段。

松の葉っぱって見たことあるかな?

大家见过松树的叶子吗?

この針みたいなやつですね。

就是那种像针一样细长的叶子。

よく海の近くに植わっていますけども、

松树经常生长在海边。

松葉というのはどういう状態かというと、最初ゆっくりだったものが、

那么,“松叶”阶段是什么样的呢?原本缓慢迸发的火花,

ジュジュジュジュジュジュジュ、パチパチパチパチパチッてこう音を立てながら、

开始发出连续的滋滋声和噼啪声,

いくつもの線になって光が出てくるんですね。

同时向四周迸射出无数道细长的光芒。

なんなら、1個の線がピュッと出た後、その先からもう1回ピュッピュッと、

甚至在一道光芒迸射出去之后,它的末端还会再次分叉,

2回くらい、雷の稲妻みたいに、光がどんどん広がっていく。

继续向外延伸两次左右,就像闪电一样,光芒不断向四周扩散。

一番線香花火で盛り上がる、そのタイミングですね。

这就是线香花火最绚烂、最令人兴奋的时刻。

これを松葉って言います。

这一阶段就叫作“松叶”。

松葉が終わると、今度、やな、あ、ごめんなさい、しだれっていう状態になります。

“松叶”阶段结束后,接下来是……啊,抱歉,是“垂枝”阶段。

その勢いよく出た光っていうのが、だんだんだん力がなくなっていって、

原本猛烈迸射的光芒,会逐渐失去力量,越来越微弱,

2個、3個、4個ってパチパチパチって広がっていくものが、

两个、三个、四个,噼里啪啦地不断向外扩散,

また、最初のぼたんみたいな形になっていくんですけども、

然后又逐渐变回最初像牡丹一样的形状,

最初の大きな火の玉が、だんだんだんだん小さくなっていくんですね。

最初那个大火球会一点一点地缩小。

そこからまた、チュッチュッチュッと出てくると。

接着又从中嗖嗖嗖地迸发出火花。

最後は、ちりぎく。

最后是散菊。

ごめんなさい。

抱歉。

ちりぎくですね。

是散菊。

菊っていう花。

菊,就是菊花这种花。

よく日本では、お葬式に使う花なんですけども、とか、お墓参りに使う花かな。

在日本,人们经常在葬礼上使用菊花,也会用它来扫墓。

この菊っていうのは、だんだん、花の時期が終わると、

菊花到了花期快要结束的时候,

ポト、ポト、ポトってこう、外から花が落ちていくんですよ。

花瓣就会从外侧一片一片地掉落。

最終的に丸になって残るんですが、

最后只剩下一个圆形的花心,

出ている光がだんだん弱くなっていって、落ちていく。

而烟花发出的光芒也会逐渐减弱,慢慢落下。

落ちていく。

慢慢落下。

で、丸が小さくなっていって、その丸から光が出てこなくなる。

然后圆球逐渐缩小,最终不再发出光芒。

これをちりぎくっていうんですが、それで最終的にこの線香花火が終わります。

这就叫作散菊,线香烟花也就此燃放结束。

もう一回、最初から言うと、まずつぼみになって、ぼたんになって、

再从头说一遍,首先是花蕾,然后是牡丹,

ぼたんから松葉になって、松葉からしだれになって、

从牡丹变成松叶,从松叶变成垂枝,

しだれからちりぎくになって、終わると。

再从垂枝变成散菊,最后结束。

すごいですよね。

很神奇吧。

すごいんですよ。

真的非常神奇。

普通の花火ってピッて火をつけたら、ボッて出て終わるんですけども、300年前に、

普通烟花点燃后,火花一下子喷出来就结束了,但早在300年前,

そんだけストーリーのある花火っていうのが、

这种有着如此丰富故事情节的烟花,

もうできていたっていうのに、僕はすごく驚きました。

就已经被制作出来了,这让我非常惊讶。

で、これがまあ、人生にそっくりじゃないですか。つぼみ。

而且,这不就和人生一模一样吗?先是花蕾。

まだ自分というものが、花が咲いていない若者ですよね。

就像尚未绽放自我、还没有开花的年轻人。

色々勉強したりとか、運動したりとか、

他们学习各种知识,参加体育锻炼,

自分がどんな人間になるかわからない中、つぼみになっていく。

还不知道自己将来会成为什么样的人,就这样逐渐形成花蕾。

そこから、二十歳になって、ぼたん。

接着到了20岁,进入牡丹阶段。

チュッ、チュッ、チュッと光が出てくる。

火花开始嗖嗖嗖地迸发出来。

自分がどんな活躍ができるのかっていうのが、少しずつ分かっていって、

逐渐了解自己能够在哪些方面发挥才能,

社会に出たりとか、勉強で何かをチャレンジしたりとかして、少しずつ力を出していく。

走入社会,或是在学习中迎接挑战,一点一点地展现自己的能力。

その後は、松葉。

接下来是松叶。

ジュジュジュジュジュッて、すごい光が出ていく。

滋滋滋地迸发出耀眼的光芒。

皆さんにすごいとか、すごく役に立ったりとか、仕事を思いっきり頑張ったりとか、

得到大家的赞赏,为他人作出很大贡献,或是全力投入工作,

エネルギーがたくさん溢れていて、経験もあって、一番美しい状態ですよね。

充满活力,又积累了丰富的经验,正是人生最美好的阶段。

その後、どうなっていくか。

那么,之后又会怎样呢?

だんだん、その力が衰えていって、光がなくなっていく。

力量逐渐衰退,光芒也慢慢消失。

で、最終的に、その光がなくなって、小さな玉になって、終わる。

最后,光芒彻底消失,只剩下一个小圆球,一切就此结束。

そう、これが、人生そのものだと。

没错,这正是人生的写照。

で、それだけじゃないんですよ。

而且还不止如此。

この線香花火の素晴らしいところは、それぞれの花火で、

线香烟花最精彩的地方在于,每一支烟花,

どういう風に、どの部分が長いか短いかっていうのが違うんですね。

各个阶段持续的时间长短都不一样。

そう、つぼみの状態でブクブクブクブクって太って、

有的在花蕾阶段不断膨胀,

ちょこっと火が出てポトンって落ちてしまうものもあれば、

只冒出一点火花,就啪嗒一声掉落了。

火をつけたらすぐ松葉の状態、

有的刚点燃就进入松叶阶段,

バババババババって光の線が出る状態になるものもあれば、

噼里啪啦地迸发出一道道光线。

そもそもつけた後にほとんどね、つぼみも膨らまずに、

还有的点燃之后,花蕾几乎还没来得及膨胀,

ポトンって落ちてしまうものもある。

就啪嗒一声掉了下来。

歴史と日本語のポッドキャストは、

在这期历史与日语播客中,

歴史と日本の美意識という話をしていきたいと思います。

我想和大家聊聊历史与日本的审美意识。

なんていうのかな?

该怎么说呢?

ドキドキ感というか、ワクワク感というか、美しいなっていう気持ちがありますし、

有一种紧张又兴奋的感觉,同时也让人觉得很美。

僕が一番この線香花火で美しいと思うのが、どこで落ちるかわからない、ここです。そう。

而我认为线香烟花最美的地方,就是不知道它会在什么时候掉落。没错。

つぼみの状態で、ぷくぷくぷくってなって、お、いい線香花火、

花蕾不断膨胀,让人心想,哇,这支线香烟花真不错,

すごい松葉になりそうだなって思ってたのに、

看起来会绽放出非常漂亮的松叶,

ポトッて落ちてしまうこともあれば、そう。

可它却可能突然啪嗒一声掉落。是的。

最後まで、最後まで、つぼみになって、ぼたんになって、

也有的线香烟花能够坚持到最后,经历花蕾、牡丹,

松葉になって、しだれになって、ちりぎくになって、

松叶、垂枝,再到散菊,

最後にポトッて落ちる、線香花火もあれば、そう、松葉、

最后才啪嗒一声掉落。还有的在松叶阶段,

ジュジュジュジュジュッて、これこそ人生ですよね。

正滋滋滋地迸发着光芒。这不正是人生吗?

活躍している中で亡くなってしまう人もいれば、若くして亡くなってしまう人もいる。

有的人在事业有成时离世,也有人年纪轻轻就去世了。

人生を最後まで走り切れる人もいる。

也有人能够走完人生的全部旅程。

でも、いつ終わるかわからないからこそ、そこに美しさがある。

但正因为不知道何时会结束,才有了其中的美。

それを大切にしようって、落ちないように大切にしよう、

正因为想要珍惜它,想要小心翼翼地不让它掉落,

ちゃんと見ようって、大切にこの紙を握って見ている自分がいる。

想要好好欣赏它,自己才会如此珍惜地捏着纸柄,凝神注视。

っていうことでね、そこに美しさがある。

所以说,美就存在于其中。

終わりがある。

一切都有终点。

いつ終わるかわからない。

而我们不知道终点何时到来。

そこに寂しさがあり、美しさがある。

其中既有伤感,也有美。

僕は美しいものっていうのは、基本的に、美しい、

我认为,美的事物,归根结底需要有美本身,

頑張って作られた芸術があり、それを見る人の目があり、

有人倾注心血创作的艺术品,也有欣赏它的眼睛,

その目を持っている人の心があって、初めて、

还要有拥有这双眼睛的人的内心,只有这样,

美しいっていうコンセプトって生まれると思うんですよ。

才会真正产生美这一概念。

その、線香花火を作ってくれた職人さんがいて、それ、火をつけた後、見る目があって、

有制作线香烟花的工匠,有点燃烟花后欣赏它的眼睛,

その見たものに対して人生を感じる心があって、

还有能够从眼前的景象中感悟人生的心灵,

初めて線香花火の美しさ、芸術っていうものが完成するのかなって思うと、

具备了这些,线香烟花的美与艺术才算真正完整。

ぜひ今度ね、線香花火をやるときに、皆さん、いろんな思いで、

所以希望大家下次燃放线香烟花时,能够带着各种各样的感受,

線香花火を見てもらいたいなと思うんですけども、

好好欣赏线香烟花。

最後にですね、僕のその線香花火の思い出をひとつ紹介したいなと思います。はい。

最后,我想分享一段自己与线香烟花有关的回忆。

人生たくさん線香花火をやってきたんですが、この線香花火だけは、

我这一生放过很多次线香烟花,但有一次经历,

絶対におじいちゃんになっても忘れないなっていうものがありまして、

我想即使到了老年,也绝对不会忘记。

それが、えー、2013年の夏、はい。

那是在2013年的夏天。

初めてニディアさんと、えー、日本に行った時、ま、

当时我第一次和妮迪娅一起去日本,

僕だったら日本に帰った時の話なんですけども、

对我来说,也就是回日本探亲。

夏にニディアさんと日本に一緒に帰ったんですね。

那年夏天,我和妮迪娅一起回到了日本。

で、そこで、えー、僕は基本的にはおじいちゃんおばあちゃんのお家にいました。

当时,我基本上都住在爷爷奶奶家。

で、ニディアさんもね、おじいちゃんおばあちゃんのお家に、

妮迪娅也住在爷爷奶奶家,

ま、4人で一緒にいたんですけども、

我们四个人一起生活。

そんな中で、そのニディアさんのやりたいことを叶えようということで、

那段时间,为了实现妮迪娅的一个愿望,

その花火がやりたいってなりまして、近所のスーパーで花火を買って、おじいちゃん、

因为她想放烟花,我们就在附近的超市买了烟花,然后和爷爷、

おばあちゃん、ニディアさん、僕と4人で、そのうちの庭で花火をやったんですね。

奶奶、妮迪娅一起,四个人在家里的院子里放烟花。

で、もちろんそのきれいな花火に火をつけて、

当然,我们先点燃了那些漂亮的烟花,

こう勢いよく出る花火だったりとか、うん、

有的会猛烈地喷出火花,

すごくこう形が面白い花火だったりとか、

有的绽放出非常有趣的形状,

煙がいっぱい出る花火とかをやった後に、最後に線香花火をやったんです。

还有的会冒出大量烟雾。放完这些烟花后,最后才放线香烟花。

で、そのニディアさんが楽しそうに、「わー、

妮迪娅玩得非常开心,兴奋地说:“哇,

これアニメで見たー」っていうね、線香花火を僕の前でやっていて、で、

这个我在动画里见过!”她就在我面前放着线香烟花。

僕の隣におばあちゃんがね、僕と一緒に縁側に座っていたんですが、ま、

当时,奶奶坐在我旁边,我们一起坐在缘侧,也就是日式住宅的外廊上。

縁側に腰をかけてこうやっておばあちゃんがね、線香花火をやっていた。

奶奶坐在外廊边,一边放着线香烟花。

で、そん時に、あの、おばあちゃんが一言ね、「これが多分、

就在那时,奶奶突然说了一句话:“这大概是

私の人生で最後にやるユウさんとの花火だね」って、

我这辈子最后一次和小优一起放烟花了吧。”

ユウさんって僕の名前なんですけど、一言言って、で、

小优就是我的名字。奶奶说完这句话后,

この線香花火の光をじーっと見つめていたんですよ。

便一直静静地凝视着线香烟花的光芒。

で、その言葉を聞いた時に、

听到这句话的时候,

もう僕はもうすごく胸がぎゅーっと締め付けられる苦しい気持ちになって、

我的心一下子揪紧了,感到非常难受。

「えぇ、なんでそんなこと言うの」って、

我心想:“啊,为什么要说这种话?”

「来年もやろうよ」っていうふうにね、思ってたんですよ。

“明年我们再一起放烟花不就好了吗?”

「で、こんな楽しいこと来年もやればいいじゃん」!

“这么开心的事情,明年继续做不就行了吗!”

ただ、あの、その当時は僕まだ23歳でね、すごく若い、うん、若かったんだよね。

不过,当时我才23岁,还非常年轻。

で、今この36歳になって、あの時のことを思い出すと、

如今我已经36岁,再回想起那时的情景,

じゃあおばあちゃんがあの言った「これが多分私の人生で最後にやるユウさんとの線香花火だろうね」って言ったあの言葉の裏に、

奶奶当时说“这大概是我这辈子最后一次和小优一起放线香烟花了吧”,在这句话背后,

おばあちゃんは何を考えていたのかなって思うと、多分、この光を忘れないように、

奶奶究竟在想些什么呢?我想,她大概是希望自己不要忘记那道光芒,

大切に大切に覚えておこうって思ってたんじゃないかなって思うんですよ。

想要把那一刻珍而重之地留在记忆里。

そう思いながらその時のね、光景を思い出すと、確かに真剣にね、

怀着这样的想法回忆当时的情景,确实记得奶奶非常专注,

優しい顔でその線香花火を見つめるおばあちゃんがいて、

脸上带着温柔的神情,静静地凝视着线香烟花。

きっとこう言葉にはしなかったけども、

她虽然没有把心中的感受说出来,

でもあのおばあちゃんの瞳に映った線香花火っていうのは、

但映照在奶奶眼眸中的线香烟花,

本当に美しい光だったんじゃないかなって思うと、

一定是无比美丽的光芒吧。

やっぱり線香花火って素晴らしいなって思うんですよ。ね。

每当想到这里,我就更加觉得线香烟花真是美好。

ま、結果、2013年の夏にあった花火が、多分人生最後の花火になったのかな。はい。

结果,2013年夏天那次放烟花,大概真的成了奶奶人生中最后一次放烟花。

ま、なんとなく分かってたんだろうね。うん。

她当时或许已经隐约意识到了吧。

っていう悲しくもあり、でもあれくらいこう、

这段回忆虽然令人伤感,但我也觉得,

終わりがあるからこそ美しいなって思うこともないのかなって思うんですよ。うん。

正因为有终点,才会让人如此深刻地感受到美。

だからね、その、ぜひこう、お友達と線香花火をやる時に、

所以,希望大家今后和朋友一起放线香烟花时,

「あ、今年の夏も終わっちゃう。

能够想一想:“啊,今年的夏天也要结束了。

楽しい思い出もあったし、いろんなことがあったな。

这个夏天有过快乐的回忆,也发生了许多事情。

また来年の夏まで、ね、花火はないな、最後だな」っていう、

要等到明年夏天才能再放烟花了,这是今年最后一次了。”

その終わりをちゃんと意識して大切にしようって思う気持ちがあるからこそ、

正因为意识到结束的存在,并怀着珍惜当下的心情,

日本のいろいろなものって美しく見えるようになると思うんですね。

才能发现日本各种事物中蕴含的美。

それは桜もしかり、打ち上げ花火もしかり、秋の紅葉もしかり。

无论是樱花、升空绽放的烟花,还是秋天的红叶,都是如此。

ですので、ぜひぜひ皆さん、

因此,我真心希望大家,

この終わりってすごく寂しいし考えたくないっていう気持ちは分かるんだけど、

虽然我理解,结束总让人感到寂寞,甚至不愿去想,

ちゃんと終わりっていう現実をしっかり受け止めることで、

但只要认真接受一切终将结束的现实,

見える美しさっていうのもあるんじゃないかなと思います。

或许就能发现另一种美。

どうしてもね、ネットの世界で生活していると、ずっとこれからも続くし、

毕竟,生活在网络世界里,很容易觉得一切都会一直持续下去,

将来のことを思うと不安になったりとか、心がモヤモヤしたりする。

一想到未来,又会感到不安,心里烦乱。

ということで、ね、人生が終わってしまうわけじゃなくて、

所以,我并不是说人生马上就要结束,

皆さんの日々のアクティビティに、

而是希望大家在日常活动中,

もし終わりがあるとすれば、どういう終わりが美しいのかな、終わりを考えた今、

试着想一想,如果这些事情终有结束的一天,怎样的结束才算美好?当意识到终点的存在时,

私はどうやって今を大切にしようかなっていうのを、ぜひぜひ考えながら、

自己又该如何珍惜当下?希望大家带着这样的思考,

ひとつ線香花火に火をつけててもらえたら、

亲手点燃一支线香烟花。

今年の夏は素敵なものになるんじゃないかなと思いました。

这样一来,今年的夏天或许就会变得更加美好。

最後までお話を聞いてくれてありがとうございました。

感谢大家听我讲到最后。

最後にお知らせをさせてください。

最后,请允许我发布一则通知。

ゆゆの日本語ポッドキャストでは、パトレオンをやらせていただいております。

在“YUYU的日语播客”中,我开设了Patreon赞助平台。

僕のアクティビティをサポートするサイトなんですが、

这是一个支持我开展各种活动的网站。

1ヶ月5ドルのサポートをしていただきますと、

如果大家每月赞助5美元,

特別な、えー、シャドーイングのトレーニングができるホームページにアクセスできます。

就可以访问一个专门用于跟读训练的特别网站。

「はい、このフレーズ僕練習したいんだけど、

“好,我想练习这个短语,可是……

自分で何回も戻らなきゃいけないし、ぴったりのところで戻れないんだよな。

还得自己反复倒回去,而且也没办法准确地回到想要的位置。

ちょっとシャドーイングするのに面倒くさいな」って思う方いると思います。

我想有些人会觉得:“用来做影子跟读练习有点麻烦啊。”

えっとね、シャドーイングのホームページでは、

嗯,其实在影子跟读的网站上,

フレーズごとにリピート機能も付いていますので、

还提供了逐句重复播放的功能,

何回も何回も同じフレーズを練習できるようになりました。

所以现在可以反复练习同一个句子了。

それだけじゃなくて、中国語だったり、韓国語だったり、

不仅如此,网站还提供中文、韩语、

ミャンマー語だったり、インドの言語だったり、

缅甸语、印度的各种语言,

世界のいろんな言語の翻訳も付いていますので、

以及世界上多种语言的翻译,

単語の勉強とかにもさらに役立てられるようになりました。

因此现在也能更好地帮助大家学习单词了。

毎週新しいエピソードがどんどんアップロードされていて、

每周都会陆续上传新的节目,

僕の今まで撮ったSpotifyの400エピソードも、

我之前在 Spotify 上录制的400期节目,

遠くないうちに全部集まるんじゃないかなと思います。

我想用不了多久也都会全部收录进来。

はい、ぜひね、そのシャドーイングでゆゆさんみたいに話せるようになりたいという方、

好的,如果你也想通过影子跟读,像 Yuyu 一样流利地说日语,

絶対にいいトレーニングだと思いますので、ぜひパトレオンのサポート、

我觉得这绝对是非常好的训练方式,所以也请大家通过 Patreon 支持我。

このね、動画の説明欄のところに「Patreon」って最初にあるリンクですね、

在这个视频的简介栏里,最上面有一个标着“Patreon”的链接,

あれをクリックして、真ん中の1ヶ月5ドルのサポート、よろしくお願いします。はい。

点击那个链接,选择中间每月5美元的赞助档位,拜托大家支持一下。好的。

そして、今回のエピソードでいろいろ出てきたと思うんですけども、

另外,在这一期节目中,我想也提到了不少相关内容,

Spotify、Apple Podcastもやっております。

我还在 Spotify 和 Apple Podcast 上发布节目。

そちらの方では、このポッドキャストとは全く別なポッドキャストをアップロードしております。

在这些平台上,我上传的是与这个播客完全不同的另一档播客节目。

そちらの方は動画はないんですけども、僕はね、

那边虽然没有视频,不过我这个人呢,

カメラの前で話すとすごく緊張してしまって、うまく話せないというね、あの、

只要站在摄像机前说话,就会特别紧张,没办法好好表达。

YouTubeをやっている人としては致命的な、あの、

对于一个做 YouTube 的人来说,这可以说是个致命的,

性格があるんですけども、あの、Spotifyの方はかなりリラックスしてね、

性格弱点。不过在 Spotify 上,我就放松得多,

楽しそうにゆゆさん話しているんで、なのでぜひぜひね、

说起话来也显得很开心。所以真的非常欢迎大家,

このポッドキャストを聞き終わった後、

在听完这一期播客之后,

もうちょっとエピソード聞きたいなっていう人はSpotify、

如果还想再多听几期节目,

Apple Podcastの方もチェックしてみてください。

也去 Spotify 和 Apple Podcast 上看看。

ということで、皆さん引き続き日本語の勉強頑張ってください。

那么,希望大家继续努力学习日语。

それじゃあまたね。

那我们下次再见。

バイバイ。

拜拜。